【歴史】戦国時代に経済力、国力のあった国について語る | なんJ 2ch 5ch まとめ - なんJ 2ch 5ch まとめ








【歴史】戦国時代に経済力、国力のあった国について語る | なんJ 2ch 5ch まとめ

【歴史】戦国時代に経済力、国力のあった国について語る

戦国時代に土地としての価値が高かった地域について語りましょう
石高で言えば近江や尾張、美濃、越前辺りが50万石を超える大領でした
武蔵や越後、筑前は経済力はありましたが京都までは遠かった
太閤検地での石高以外に収入価値のある国はどこだったのでしょうか?

関所や鉱山のある所やろなあ

>>
鉱山だと石見銀山や甲斐が有名ですが、実際どの程度国力に反映したのでしょうね?
石高で換算できるかな?

青森の安東
ハバロフスクあたりまで交易

>>
青森での交易ってどんな物を売ってたんでしょうかね

(;ω;)このイッチ難しいこと言ってくるの

貫で表したりするのと石高で表したりするのとの違いはなんなんやろな

>>
すまんな
>>
イメージだけど、貫はお金で石高は土地でもらう給料みたいな感じか
まだ土地を持つほどではない家来には現金で渡すっていう印象

いつもの貼っときます

>>
これ単位は万石?

>>
万石であってるはず

>>
いつ見ても尾張・美濃・近江取ったら勝ち確のクソマップやな

>>
なお尾張、伊勢を持った織田信雄さんは自領維持すら出来なかった模様

>>
あの信長が、副将軍も管領職も蹴って堺貰ったんやぞ
価値ないわけないやろなあ

>>
それが堺が重要やからっていうことやなくて、単純に足利幕府を見切ってたんじゃ・・・

松前

謙信は各地の港の揚げ銭だけで15万石相当の収入を得てたから
常識的に考えたらその数倍は売り上げがあったと思われるので相当な収入やったろうな

>>
てことは越後一国で55万石くらいか
いかに尾張がチートな土地かわかるな

いわし御殿があるとこ

戦国やないけど尾張徳川家は65万石で木曽川流域の木材収入で実質100万石以上だったとか本で読んだ

堺や博多は?

>>
堺は三好とか信長とか秀吉とか基本的に天下人が所有してるからあんまり価値がわからんよなあ
持ってるのと持ってないのとでどの程度差があるのか

上杉家は動員人数から石高引けば佐渡金山の石高が分かるんちゃうの
1万石で300人~600人雇える

>>
佐渡金山を上杉が保有してたのって景勝になってからじゃなかったっけ?
それまでは直江津港とかの日本海交易の拠点としての収入がでかかったはず

三河って平地だらけで耕作向きの土地なのに石高少ないんやな

>>
まあ長篠あたりは山ばかりだしろくな海側の割に港がないからじゃない?(適当)

大陸と貿易できてたとこと
流通の整備が進んでたとこ

>>
当時、大陸と貿易盛んなところってどこやったんや?

>>
さっき上げた博多

>>
大内と尼子

下北八百十万石ってそれ昔から言われてるから

大内細川

博多かあ
でも博多を支配してる大名から新しい何かが生まれた形跡はないよな
大友の大筒も南蛮だもんな

>>
大昔から潤ってるとこで新しいものが生まれるとは思えんが

>>
大陸からの輸入品とかで目新しいものあったんかな?って

>>
輸入品は通貨やぞ

>>
ええェ・・・

>>
なんかあったんじゃね?

大陸よりかは南蛮の方が価値あるんじゃないか?島津とか・・
9公1民とか普通に生きていけるはずないし、別の収入源があったんちゃうか

>>
琉球との貿易やろ

>>
あー、琉球貿易か
そんな前から島津は貿易出来てたんかな

>>
当時の通貨はどこで仕入れてきてると思ってるんや?

現代に例えようか?
日本に通貨作る技術ないから、アメリカに品物売って、ドルを手に入れて、ドルを通貨としていた
これで分かる?

>>
てことは当時の日本の貨幣は明が作った貨幣やったんか?

>>
永楽通宝とかそうじゃなかった?

>>
せやで
その通貨を得る拠点がどれだけ儲かるか分かるやろ?

>>
これは初めて知ったンゴ
タメになる知識をありがとうや
日本で通貨が作られたのは江戸時代になってからか?

>>
それが寛永通宝やな

>>
秀吉が作り始めた

>>
はえーなるほどな
しかし当時の交通面や人口でよく博多から関東や東北まで広められたな

>>
西廻り航路と東廻り航路もあったし…

>>
実はそんなに広まってないし、色んな種類の銭が流通してたから撰銭とか起こって、しょっちゅう経済停滞してた

>>
じゃあとりあえず金や銀、銅で出来た丸い物渡せば食べ物買えたんかな?(適当)

>>
庶民レベルなら物物交換やろ

>>
国の紙幣に信用がない社会主義国家だと煙草が通貨として通用してたらしいね

>>
じゃあ銭は大名と商人とのやり取りで使われてたんかな?

>>
多少は庶民レベルにも流通してたやろうけど、今みたいに国内の経済を左右するほどではないやろな

大陸貿易はむちゃくちゃボロい儲けが得られるから武力闘争やら密貿易が起こるんやで
輸出品 – 硫黄、銅などの鉱物、扇子、刀剣、漆器や屏風ほか
輸入品 – 明銭(永楽通宝等)、生糸、織物、書物ほか

領土は狭いけど尾張って滅茶苦茶ええ土地やったってマジ?

>>
商業都市やからね
港もあるしガッポガッポよ

>>
やっぱ港があるのってでかいよなぁ
近代日本の都市開発もまずは港と鉱山ありきだもん

>>
はえ~勉強になるわ

>>
あの面積で全国2位か3位の価値あるンゴね

>>
尾張統一すらしてない信長のパッパでも今川家と渡り合ってたわけやしな

>>
津島で40万石相当の経済力やしな

>>
あのまま家康が台頭しないで、斎藤義龍が健在なまま今川と対立しながら三河方面に進んでたら信長の天下はなかっただろうね

>>
ちな1位はどこなん?

>>
ぶっちぎりで近江やろ

>>
大きな川が複数+濃尾平野+港
強い(確信)

>>
兵が弱いという難癖つけられる模様
隣の国の兵が無駄に屈強すぎるだけなんだよなぁ

ここまで仙台の話はゼロやけど仙台は治水もまだまだで、これといった都市ではなかったんかな

>>
仙台を開発整備したのは江戸期の伊達家や

>>
そうみたいやね
100万石のお墨付き反故にされたから自力で100万石にしたんやってね
それまでの仙台は何でもない土地やったんか?
平地も港も鉱山もないだろうし

>>
江戸時代入って戦争なくなったから安心して治水に力注げるようになったんや

>>
江戸期になってからは全国的に石高はかなり高まったんやね

内陸の岩出山は籠城するにはエエかもしれんが大規模な城下町作るなら
そら大きな川と港湾がある平野よ

とりあえず重要な国まとめる
近江、尾張、美濃、伊勢、山城、摂津、河内(堺)、大和
地方で価値の高い土地
武蔵、筑前(博多)、薩摩(琉球・種子島)、石見、越後
くらいか
四国では伊予が異様に生産力あるみたいやけどなんでや?

Hits: 0

コメント

タイトルとURLをコピーしました